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蝉時雨

サルジュ(途中)

ゆきだ
しろいそらからふるそれは
つめたくちいさいおもいでのだんぺん


「嶋本さん」
「なんや?」

キインと凍ったかぜを全身にあびながら、歩く。
訓練を終え生命力を使い果たした体は
いとも容易く自然界に圧倒された

はよ暖とらな死んでしまうで、と足早に帰路につく途中
新人の兵悟は嶋本のもとへ力なく駆け寄ったのだ


「ここに降った雪みるの、おれ初めてなんです」
「そーか。でもめずらしいもんとちゃうやろ」
「いや、ぜんぜん違いますよ!福岡にも雪は降りましたけど、
ここまで積もる雪ってそうそうないです。だから新鮮で」
「ふーん」


嶋本さん、そんな心ない相打ち…とぼやくのが聞こえたが
文句でもあるんか神林?という顔をすると早々にその続きを引っ込めた
その飲み込みを訓練に生かしてはもらえないのだろうか
というか、その口を動かす元気があるなら、足を動かせ、足を


「それで、あの、嶋本さん」
「…なんや、用があるならはよ言わんかい」
「福岡はそうだったんですけど、砂浜に雪って積もらないですよね
あれって、横浜や他の寒いところでもそうなんですか?」


嶋本さんなら、トッキューも長いし
色んな海を知ってるから分かるんじゃないかと、思って…
と言葉はどんどんしぼんでいく。
自分がアホな質問してるってわかってんのやろか


「アホか。そんなんどの海いったっておんなじやろ
中学生理科レベルのはなしやぞ?塩と氷の関係やないか」
塩は氷に付着すると凝固点が降下し温度が下がり溶け易くなる。
それと同じような現象が海でも起こるのはそこらの常識だ


なんで海保やってるお前がわからんねん
中学生といっしょに同じ机に向かわんといけん脳みそ持ちなら
面倒みきれんからさっさと佐世保へ身支度しとくんやな
容赦ない嶋本の言いように、すいません、と兵悟の声はさらにちいさくなった
言い過ぎた気もしたが、知らんお前が悪い。嶋本はいつも広くとる歩幅をさらに広げた




もう新3隊の隊長の職務にも慣れてきた
あの人を思い出すことも、初めに比べれば少なくなったのに
それでもふと、塞き止められない洪水のように
やりきれない気持ちが溢れかえり氾濫しそうになるときが、ある

(もうすぐ、一年たつんや)
(あのひととゆきをみたのもいちねんまえ)
おれと隊長の時間はそこで止まっているのだ



インドネシアに、雪は降らない
赤道直下に面した大陸に、確かに雪は似合わないな、と思った
この一年は、雪をみることはなさそうだ、そう隊長は笑う
ちらつく白に覆われた、冷たい世界でおれと隊長はそっと息をする


この一年は、この寒さとも、雪ともお別れだな
そういった隊長が地球の裏側よりも果てしなく遠くを見ているように思えて
「でも、そんなんたった、たったの一年ですやん」
と紛れもなくいった。でもこれは自分に言い聞かせたことばだったのだ
そしてこのことばに当たり前に「ああ」と相槌をうつ、真田を嬉しく、少し憎くおもった








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